山帽子の止まり木(3)別館

少しの山旅と、趣味の山野草散策と、そして或る日の、日常を綴る、スローライフ・ブログ

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2025:12:9

所要にて、本州とは隣り合わせの九州本土 最北端の関門海峡を久しぶりに訪れる機会があった。目的のミッションは残念ながら達成できず、すごすごと退散決断、せっかくここまで来たので天気も良かったので短時間でしたがちょいと海峡沿いを探索してみました。
上記画像は九州の門司側から、本州、下関への 関門橋
関門海峡の幅は最も狭いところで600~700m


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巨大な関門橋の橋脚

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こちらは対岸の下関市街と火の山?


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和布刈神社(めかりじんじゃ)


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前記事(ブログ)にて 天徳天皇にまつわるブログをアップしていますが 、幼帝 天徳天皇(推定8歳)のことを記述してあるが それまた 諸説万説にて どこまでが真実?なのかは定かでない、一説には 例の小倉、隠蓑の集落に身を隠して、追ってを遣り過して逃げ延びた? この関門の急流の潮間に身を投じたとか。ただいずれにしても、歴史はそれぞれ万説あって面白い。

この当日、大潮前後時期とあって、関門海峡は 「西流れ」で、ものすごい急流、ゴーゴーと唸るような流れ音だった、流れ表示板には 「W」6 の表示 つまり 6ノットは時速に換算すれば時速(11.1m/h)   時速計算では、単純計算の目安は「ノット」の値の2倍弱と考えると分かりやすい。


当日の急流迫力は このブログではアップ不可にて 準備できれば FBにて。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100052661048508

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2025:12:7(日)快晴

過去記事をチェックして振り返ってみれば、なんと昨年の(2024:12:25)当年の登り納めとして、アップしている平尾台の主峰なる貫山登山で完全に 一年ぶりで山頂を踏んだことになった。
昨今、台上に上がっても ほぼ花散策が主目的にて 山頂まではすっかりのご無沙汰でしたから。

師走に入って、野草もほぼないことから、今回は友人と貫山山頂まで のんびり登ろうかと茶が床駐車場からいつもの定番ルートをたどることにした。

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9時ごろになると、駐車場も休日、好天ともなれば ほぼ満車状態 どうにか駐車場を確保して エッチラ、コッチラとよもやま話などしながら 中峠方面へ向かいます


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天気は最高に快適なれど、立ち並ぶススキは ”枯れすすき♬” と化している。


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目白洞のキャンプ場には、テントが張ってある、夜は寒いだろうな?と

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平尾台ブルーがどこまでも、冬場の天気にしては上等すぎます。冬場は重たそうな分厚い鉛色の空が大半ですので、今日の青空は眩しいぐらいです

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中峠分岐まで来ました。

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最近設置されたのだろうかなと、目新しい案内標識。


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ビューポイントから 小穴、大平山 そして 遠景には福智山が確認される


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しばらく歩を進めて行けば ほどなく 四方台分岐まできました、後方は今日の目的の 貫山です


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さあ、ここから取り付きますが これからだらだらの急に斜度がきつくなる登山道が待ち受けている
ボチボチと登ろう


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画像ではその斜度はわかりにくいですが 結構な登り甲斐ある登山道です

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旧坂の斜度はこんな感じ。何度も小休止をはさみながらぼちぼちと。

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徐々に山頂に近いずいてきたようだ、ヤシャブシの黒い実が青空によく見える


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調べてみると、大ヤシャブシの実(穂果)は1個、ヤシャブシは1個~3個とされるが、写真を拡大してみるど、ほぼ大ヤシャブシ?かな

どうやら 山頂平まで登りあがったようです。


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 ほんとに一年ぶりでの山頂です。一年ぶりとあってか、年々きつく感じられるようになりましたね!体力低下がひしひしと実感することでした。でも今の自分には此のぐらいの山がちょうど良い。


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行橋方面や


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北九州空港方面や 今日は素晴らしい山頂ロケーションです。

風もなく暖かいランチタイムしていれば、次々と後続の登山者が上がって、山頂もにぎやかになってきました。
お昼を済ませるとそろそろ下山です。

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岩山のたたずまい


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このヒメヒゴダイは大きかったようで、台上の雄大な景色に良く煮あったと思う


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 根性の木、少し遊びながら


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カップルの聖地でも遊んで

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散策路まで下山してきました。

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まだ柿の実がなっていた



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枯れ木には ヤドリキも目立ってきた。こうして 初冬になったラクダ色した台上歩きも無事終了。
好天気なら また登って体力を確かめたいと思っている。よい登山日和でした。



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今年の月めくりカレンダーも、最後の一枚になった、いよいよと年の瀬、師走入りです、
毎年、あれほど忙しかった??(これは自分だけの感想&実感です)花散策の出入りもようやく一段落です。天気よければ ほほ近場の散歩に、また、歩きではちょい遠めのチャリ散歩です。
今回はいつも車で横目で看板を見て通る二つの史跡を訪ねてみることにした

まずは 気になっていた <安徳天皇御陵>を訪ねてみた。近くの小さな集落の隠蓑地区へ 当地は駐車場もありそうにないので 自転車がベストチョイスである。

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いつもは平尾台への行き帰りに見ていて、いつか訪ねてみたいものだと思っていた
さあ、どんなところか行ってみよう。

東九州高速道の高架下をくぐり進むと、


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このような案内板に行き着いた。

矢印に従い進む


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わかりやすい案内板と、人家裏の細い道を進むと、



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すぐに、少し上部にそれらしき建物が見えてきた


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どうもここが(天徳天皇御陵)のようである、こじんまりとした古びた拝殿など祠が左右に点在している。


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天徳天皇のお手植えのご神木とされている木が、風雪から守られるように 屋根付きの小屋にて大事に保存されています。

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史実案内板より抜粋

寿永4年(1185)源氏に敗れ壇之浦で入水したと伝えられる安徳天皇は平氏の公爵に伴われ門司の田ノ浦へ上陸、松ヶ江超え、当時この地区で権勢を誇っていた長野城主を頼り、2~3か月隠れておられたが、城主が亡くなられたので英彦山に向かって城を出られたと言う、横代を通り隠蓑(当時は城野村)まで来られた時源氏の追ってが迫ってくるのを村人が同情申し上げ、有り合わせの萱やカヤなど持ち寄って天皇をお隠し申し、上から藁などを着せ掛け気づかれないようにして、それにより、天皇一行は逃れることができたと言う。

* 毎年12月15日には安徳帝を偲ぶ祭礼と農村の収穫儀礼行事を併せて祭りがあり
<しびきせ祭>が行われる。


検索資料からは
安徳天皇は 1178~1185(平安時代)
歴代天皇の中で最も若くして崩御した天皇、わずか8歳の短い生涯であったがそれだけにその生涯は日本各地で諸説万説である、8歳で崩御のため、当然后妃も皇子女もおらず、未婚の男性天皇は清寧天皇、六条天皇に次いで三人目でそれ以降はないとされる。


次に 時代は大きく変わって

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(天徳天皇御陵)からほど近いところに、鎮座する牛馬慰霊碑である。

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そばまでは立ち入る事ができないが、記述を画像にとって少し読み取ると、要約すれば 幾多の戦争や、大戦の折、軍馬として現在の門司港から徴用され戦地で兵士と苦楽を共にして、その生涯は戦場で果てし、軍人は帰国することがあっても軍馬は生まれ故郷に帰ることはなかった。その後内地へ帰国した軍人や関係者が軍馬などの慰霊をするための史跡である。

このように、車で足早に通るだけの駐車困難な道沿いにはチャリ散歩ならではの史跡巡りもまた楽しいものである


記事前半の当時 長州の軍勢と戦った強固な権勢を誇ったとされる<長野城主>と天徳天皇陵の関係を見聞するため 長野城主の菩提寺とされる、長野地区にある<護念寺>を訪ねます

城の跡地である裏山には城の遺構が残っており長野山&長野城と<護念寺>との深い関わりがあるとされている。



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111:2(土)快晴

思い立ってちょいお出かけしました。


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ここら辺はちょうど三連休の休日で、しかも行楽天気と紅葉時期と重なってか、まあ車&人出が半端ない、駐車場も満車続きで駐車場へ入る車が長蛇の列、現地はきっとそうだろうとは予測はしていたが 目的を果たしたので、早々に退散したことでした、

初めて現地を訪れたので、取り敢えず

記録として。


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こちらは 耶馬渓の観光地からはちょい離れており、結構人出も少ないようです

少しの情報にていざ出発、なるほどなるほど、奇岩と高低差のある細道、結構な高度感があります。
高度障害の人は尻込みするようなスリル感あります


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う~~ん やはり耶馬渓らしきの岩峰と木造りの頑丈な梯子が待っている。チェーンが張ってあるが、細道はやっと一人が通れるほどの探索路である。油断したら滑落さえも感じられるほど、この年にしてアドベンチャー気分にさせられる。


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このような歴史や修行の足跡なども点在していたが 予習せずに臨んだため簡単に通過

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少しの紅葉を愛でながら下山してきました、全路の探索路と細道は歩きませんでしたが、少しの目的は達成できたのでこれで良しと他所へ移動します。滅多に時節的な観光地へいくことは避けてはいますが、今回たまたまではありましたが、改めてその人出と車の殺到する風景には驚きでした。




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22025:11/7,11/16 秋深まる台上風景


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防火帯の刈り込んだ枯草の焼却作業が各地で進んでいる


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遠景は福智山

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秋雲が走る周防台稜線



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紅葉&黄葉する樹木のない平尾台ですが 時にはこんな秋色の木にも出会う


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仙人草の花後、蒴果


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焼却作業の防火帯

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こんなところに、どこから上がってきたか?どびっくりする作業軽トラ



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台上風景も この作業を終える頃は師走入りです、

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